完全自費診療の歯科医をしていると、間違いなく患者さんは転院です。
生まれて初めての歯医者が、自費診療の歯科医であること自体ありませんから、わざわざ転院される理由は、深刻であるケースが多いです。
転院が多いケース
・以前の歯科医は説明不十分で治療を行う。
・重度な症状が改善されなかった。むしろ、ひどくなった。
・その結果、歯医者が怖くなり、歯が痛いけれど放置してしまった。
その中でもインプラント治療に関する事例のお話を以前もしましたが、「勧められて自費診療を受けたのに、痛みが引くどころか、ますます痛くなった」とセカンドオピニオンの診断を受けにくる方が多いです。
インプラントをやらなきゃよかったという感想はなぜ出るのか?
患者さんにとって治療が大きな苦痛を感じるものであったり、想像したような結果が伴っていなかったと思われるケースが多いです。
「ひどい歯周病を治療せずにインプラント治療された口内の治療例」でも紹介したように、歯周病の治療を実施せずにインプラント治療を実施した結果、痛みを伴った実例があります。
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ひどい歯周病を治療せずにインプラント治療された口内の治療例
インプラント治療を実施する際に、大きな問題点になるのは、歯周病です。歯周病を放置してインプラントを埋め込む治療を実施すると、そもそも安定しない土台に埋め込んでいるのと同じになりますので、異常が起こりや ...
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このようなケースが起こるのは、インプラント治療のプロセスを正確に踏んでいない可能性があります。
インプラント治療は大きく分けて2つの治療から成り立っています。インプラント体を埋める外科手術の治療と、その上に人工の歯を作る補綴と呼ばれる治療です。インプラントというものを十分に理解した上で治療を受けることをおすすめいたします。
関連記事:インプラント歯科治療を選択するメリットとデメリット
各々にどのような失敗が考えられるか、代表的なものを挙げてみます。現在治療中で心当たりのあることがあれば、チェックしてみてください。
外科治療の失敗例
・手術が怖かった。
・インプラントと骨が結合しなかった。
・痛みが強かった。
・腫れがひどかった。
・出血(内出血)がひどかった。
・骨移植したが、骨が出来なかった。
・手術の失敗で少ない骨がさらに少なくなってインプラントができなくなった。
・インプラントが上顎洞に落ちた。
・下顎の神経(下歯槽管神経)が麻痺した。
・インプラントがすぐに脱落した。
補綴治療の失敗例
・噛みにくい。
・食べ物が挟まる。
・磨きにくい。
・噛むと痛みを感じる。
・他の歯(噛む相手方の歯)が痛い。
・顎や頭が痛い。
・見た目が気に入らない。(歯が長い、人工的、金属が見えている)
・発音がうまくいかない。
・歯が動く。
・インプラントで固定している義歯が外れやすい、または外れない。
では、こうなる前にインプラント治療の失敗は防ぐことができなかったのでしょうか?
失敗を防ぐには症状の正確な把握が必要で、そこから対策をしなければなりません。
そもそもインプラント治療を実施する必要性があるのか?
かかりつけの歯科医からインプラント治療を勧められたことからインプラント治療の検討がスタートします。
結論から言いますと、インプラント治療の必要性を1人の歯科医だけに判定させるのは患者さん側の視点ではリスクが高いです。
最近の歯科医院は、企業化が進んでおり、保険治療を受け付けている歯科医院であっても、インプラント治療を積極的に勧めるような方針を立てていることがあります。
自費診療は、精密な検査の上で成立するものであり、治療を行う時よりも問題を残して治療を行ってしまった後の後の処置の方が高額になってしまうことがほとんどです。拙速に判断するのではなく、失敗を防ぐための手段を全て実施した後で、治療をスタートさせた方が、後悔しなくて済みます。
インプラント治療の失敗を防ぐには?
インプラント治療には外科治療と補綴治療がありますが、治療を行う前には診査診断が必要です。
建物を建てる前に地盤の調査を行い、強度を確保する柱の本数や長さ太さなどを設計するのと同じように、歯を作るために綿密な診査と診断は大切です。
インプラント治療の失敗を防ぐための方策について最も重要な診査診断を考察します。
インプラント治療に必要な検査には次のような種類のものがあります。
もし、下記のステップのどこかをスキップするような治療を行っているのであれば、精密に対処しているとは言い難いと私は思います。
①歯周病、虫歯、噛み合わせなどの歯科の総合的な検査
パノラマX線写真、デンタル撮影、口腔内写真、顔貌写真、歯周病の検査、虫歯の検査、唾液の検査、顎関節の検査、上下の模型製作、噛み合わせの検査、歯ぎしりや噛み締めの検査など。
インプラント治療は単独で行われることはほとんどありません。なぜなら、インプラント治療は歯周病や虫歯、噛み合わせといった基本的な治療が済んだ、あるいは診断を終えている状態からスタートするからです。歯周病や虫歯、噛み合わせの診査診断をしないでインプラント治療の診査診断を行うことはインプラント治療の失敗に繋がります。
②治療のシュミレーション
インプラント治療は失った歯を回復する治療です。多くの場合はすでに歯がない状態で来院されます。また、また口内に歯があったとしても、歯周病や噛み合わせの異常で歯が動いている場合もあれば、インプラント治療で噛み合わせや見た目を治す場合もあり、今と同じ歯を作れば良いわけではありません。
そこで、総合的な診断を踏まえた上で、最終的な歯をどのように作るかを模型上やパソコン上でシュミレーションを行います。シュミレーションを行なうことで、必要なインプラントの本数や長さ太さ、骨移植の必要性など多くの情報が得られます。一般的に歯を失うと骨は吸収を起こしますので、元あった歯の場所にインプラントを埋めようとすると、骨が足りないことが圧倒的に多いのです。骨がある場所にインプラントを埋めると、歯がいびつな形になることがあります。
③CT撮影
従来のパノラマX線撮影やデンタル撮影では平面的な情報のみのため、CT撮影を行います。インプラント治療ではインプラント体と呼ばれるチタン製の歯根を模倣したものを骨の中に埋め込みます。
噛み合わせの力、骨の厚みや高さ、上顎洞や下歯槽管神経の位置によってインプラント体の長さや直径を検討しますので、骨や神経を立体的に把握する必要があります。
シュミレーション結果をCT上に反映させて撮影を行うことで実際の歯を作る上で必要な骨がどの程度あるのかを知ることが出来ます。
④血液検査・病気や内服薬など身体の情報
インプラント治療は骨に穴を開け、この怪我が治る時に身体に親和性の高いチタンがあることで結合する仕組みを利用しています。
怪我を治す力や免疫力、骨の代謝が正常に働いていない場合は骨との結合そのものが危ぶまれます。
またインプラントは噛めるようになってから、何年もの長い間、口内で機能させなければなりません。
たとえば糖尿病やステロイドの長期の服用は感染しやすい身体になり、インプラントの歯周病であるインプラント周囲炎のリスクを高めることになります。
外科手術を行なう場合には高血圧症や狭心症・心筋梗塞の既往、心房細動などもケアが必要です。
⑤栄養状態
栄養状態の偏りや不足は、多くの方にみられる傾向です。血液検査から栄養状態をある程度読み取ることが可能です。骨の代謝にはカルシウム、ビタミンD、ビタミンKなどが必要です。ビタミンDの活性化には日光に当たることも大切です。
また身体の糖化も問題です。血糖とタンパク質が結合してできるAGEs(糖化最終生成物)は血管が脆弱になり様々な問題を引き起こしますが、骨の多くを形成するコラーゲンはAGEsで脆弱になります。
インプラント手術だけでなく、抜歯も含めて外科処置後の状態は栄養状態がいい人と、そうでない人の差は痛みや腫れ、傷の治りに大きく関わります。糖質依存した食生活ではなく、たんぱく質、ビタミンB、鉄、ビタミンCなど積極的に摂ること、適度な運動をすることなどすべてのバランスを取ることが大切です。
⑥喫煙の経験・有無
喫煙はインプラント治療の最大の敵といっても良いかもしれません。喫煙はニコチン作用で血管が収縮しますので、血流が悪くなり、創傷治癒が遅れ、感染しやすくなります。骨との結合にも影響します。術後も歯肉の血流が悪い状態が続けばインプラント周囲炎になりやすく、そして最も問題なのは治らないということです。長く喫煙が続くと歯肉はやがて血流が途絶えて角化した組織になります。感染しやすく、歯周病もインプラント周囲炎も治りません。
検査結果を踏まえてインプラント治療を計画する
一般的な診査診断を紹介しましたが、この結果を踏まえて患者さん側の具体的な状況を考察します。
なお、ここに書いてあることは私が経験したことやいわゆる一般的なケースを想定したものです。もし、現在の治療計画がこの場合と大きな乖離があるのであれば、それは、セカンドオピニオンを検討するべきでしょう。
自費診療は、かかる時の負担も大きいですが、問題が発生した時の金銭的、心理的負担の方がさらに大きいからです。
①歯を失った本数
歯を1本失ったのか、数本なのか、すべての歯を失ったのかによって条件は変わります。
1本の歯は1本のインプラントが必要ですが、14本の場合は14本ではなく、4~6本でも可能です。(骨の条件による)また奥歯を3本失った場合に2本のインプラントで3本の歯を作る、前歯では2本のインプラントで4本の歯を作るといったブリッジも検討されます。
本数分のインプラントを狭い場所に埋めようとすると、非常に磨きにくい歯になってしまったり、歯の形がいびつで歯茎との調和が取れなくなります。歯とインプラントはそもそも形が違います。歯=インプラントではなく、インプラントに合った治療本数を検討すべきです。
もし、現在インプラント治療をかかりつけで計画している場合は、違和感があった時点で、他の医院にセカンドオピニオンを実施し、精密検査をしてからで遅くはないと思います。インプラントは、しっかり治療ができていれば、耐用年数が長いものです。後から問題が発生して抜いてしまうのであれば、先に問題を解決しておくべきでしょう。
②歯を失った場所
歯を失った場所によって優先が変わります。それによって治療の難易度も変わります。
前歯は笑うと見える場所ですので、歯茎を含めて審美的な条件が関わります。歯茎の形から自然に作るには、土台となる骨も十分な量が必要です。難易度は高い治療になります。
一方奥歯は機能的に噛めることが優先され、歯茎の形を厳密には求めませんので、難易度は普通が多いです。
一番奥の歯を失うことは多く経験しますが、最も力がかかる場所で、1本だけ独立しているインプラントは失敗率も高くなります。この場合に限り、歯を作らない=インプラント治療をしないという選択肢もあります。すべての歯を失った場合も作るのは前から数えて6番目の第1大臼歯までです。一番奥まで作ると、より噛みやすいかもしれませんが、磨くのも難しく、インプラントの本数も増えて費用もかさみます。
③歯を失った時期
これから歯を抜く場合は、骨や歯茎が治る期間が必要です。抜歯と同時にインプラントを埋める方法もありますが、条件が必要です。一般的には2~4ヶ月の治癒期間を経てインプラントを埋める手術を行います。
抜歯して相当の年数が経っている場合は、骨が吸収していることが考えられます。また入れ歯も使っていない場合は、骨の内部がスカスカになっている可能性もあります。骨は力を受けてしっかりとした骨でいるのです。
④歯を失った理由
一番奥の歯を作らない選択肢もあることを上述しました。これは噛み合わせが強く当たることで失った可能性もあるからです。歯を失った理由を考えることは良い治療結果に繋がります。歯ぎしりや噛み締めが強く、歯が割れたのであれば、インプラントは強くないと維持できませんし、マウスピースで歯を守る必要があるでしょう。
歯周病で歯をたくさん失ったのであれば、噛み合わせも崩れているでしょうし、歯周病を治さないと、インプラント周囲炎になりやすくなります。糖尿病など全身との関わりも要注意と考えます。
⑤歯を失った年齢
一般的に歯を失う年齢は壮年期以降から上昇し、老年期に一気に増えていきます。その多くは歯周病が原因の多くを占めます。歯周病は自覚症状がほとんどなく、気がついたときにはすでに中等度~重症になっています。そして多くの場合は失った骨を元に戻すことは出来ません。こうして老年期になると多くの歯を失います。
では20代で事故や虫歯で歯を失った方と、60代で多くの歯を失った方と同じようにインプラント治療を考えて良いでしょうか。成長発育が終わればインプラント治療は行ってもよしとされていますが、人生の早い段階でインプラント治療を行なうということは、残りの人生をインプラントを管理しながら生活することでもあります。
もちろん、身体も自分の歯も同様ですが、インプラントという身体にとっての異物をうまく管理することは少し扱いが違います。かみ合わせも一生をかけてすこしづつ変化するものです。ライフステージの早い段階でのインプラント治療は避けられればより安全です。必要な場合は、十分に将来の見通しを立ててどこかで修理や改変をすることを前提に設計、治療すべきでしょう。
ライフステージ後半の場合も、介護される側に回った時の心配があります。インプラントだけが特殊ではなく、口内全体の清掃をしていただくことが大切ですが、これも取り外しが効くような設計の入れ歯にするなど将来を見据えた治療を考えておく必要もあります。
このように、個々の状況でインプラント治療の条件はずいぶん変わって来ます。インプラントは歯とイコールではないこと、その設計は非常に重要です。
まとめ
インプラント治療を受ける前に、ぜひして欲しいことがあります。ご自身で調べたことを質問して、納得のいく回答をもらえるかどうか。専門家ではないので、間違えた質問でも構わないのです。それを踏まえた上で誠意のあるわかりやすい回答が得られるかどうかは重要です。
できればセカンドオピニオンと取ること。信頼がおける先生でも、他の意見を聞いてみるとより客観的な評価ができます。
ご自身で評価出来ない場合は、パートナーや信頼のおける方と同席してもらってもいいでしょう。インプラント治療は魔法ではありません。そのメリットデメリットをよく理解した上で治療に臨まれることをお薦めします。