虫歯は放置しても治らない
患者様からここ数年でこんな話を言い出されることがあります。
「先生、虫歯治療は受けたくないです、虫歯は治るんですよね?」
結論から言いますと「虫歯は治りません」。では、なぜ「虫歯は治る」という情報が出回っているのでしょうか?
これには虫歯の成り立ちを知っておくとわかりやすいと思います。
まず、私たちの歯の表面のミクロの世界では毎日歯が溶けています。しかし、唾液中のカルシウムが修復してくれています。
つまり、溶けては直し、溶けては直しを繰り返していると思ってください。虫歯が出来る時は、歯と歯の間などに食べかすが残ったままになって歯垢ができ、歯垢中の虫歯菌が出す酸で歯を溶かし続けているのです。歯磨きはしていますが、磨きにくい場所はいつも歯垢が残ったままになります。
唾液中のカルシウムが届かず、歯が溶けるばかりです。こうして歯のミネラル成分が溶け出して歯がだんだんと柔らかく腐っていくのが虫歯です。
歯に穴があくまでの時間は条件によって様々ですが、数日で出来るものではありません。
徐々に悪化します。
表層が溶けた部分が再度カルシウムで修復されることを「再石灰化」と言います。歯の表層が溶けてはいるが穴が開いていない状態であれば、再石灰化で虫歯の進行は止まります。
これが虫歯が治るといわれている状態です。一度、穴が開いてしまったら、内部で虫歯はゆっくり進行していきます。新しく歯垢の餌(食べかす)が供給されれば虫歯の進行は早いでしょうし、きちんと磨けていれば虫歯の進行はゆっくりになります。
1.虫歯を放置することで発生するリスクとは?
説明するまでもなく、虫歯は放置すると生活にも支障が発生しますし、健康面にも影響があります。
1-1.仕事、日常生活に関わるリスク
a.虫歯が痛みを伴う場合
虫歯は進行して歯髄に近くなると痛みが出るようになります。
初めは時々しか感じなかった痛みも徐々に頻度が増して、強くなっていきます。小さな痛みや虫歯の穴にいつもものが挟まることなどを常に抱えているのは、仕事への集中力が減り、お客様とのお付き合いの中でも気がかりな存在になるでしょう。
ある日突然、歯髄炎の痛みが始まると、仕事は手につきませんし、何日も眠れません。歯髄炎の強いものは鎮痛剤も効きません。炎症が強いと治療を受けても、すぐには痛みがゼロになるわけではありません。大人の虫歯は痛みが出てからではなく、定期検診(メインテナンス)に通院している中で発見、問題が小さなうちに治療することがベストです。
b.虫歯が進行すると歯の寿命は縮まる傾向にある
「虫歯は放っておいて大きくなっても治せばいい」これは大きな間違いです。治療はあくまで修理、歯を削れば削るほど歯の寿命は縮まる傾向にあります。放っておいた虫歯治療→歯をたくさん削る→再治療になった時にさらに歯を削る→繰り返して抜歯に至る→さらに治療が増える、というサイクルがあります。
歯の治療で仕事にかけられる時間が減ったり、休みの日に歯医者に通い続けることは、経済的にもマイナスでしかありません。歯の治療は極力少なく、必要な時には質の高い治療と定期的なメインテナンスが必須です。
1-2.生命上(健康上)のリスク
a.歯を失うリスクが増える
虫歯は大きくなればなるほど、歯は大きく削る事になります。歯髄の炎症で神経を取れば、難しい根の治療になります。
将来的に根の病気や歯根が割れる可能性が高まります。手入れを怠り、再治療が繰り返されれば抜歯に至る可能性は高くなります。1本歯を失った時にきちんと治療をしないと、さらに周りの歯も治療が必要になり、さらに歯を失うリスクが高まります。たかが1本、されど1本です。歯は治療すればなんとかなる、入れ歯やインプラントが有ると考えることは間違いなのです。入れ歯は道具であり、義手や義足と同じです。歯とイコールにはなりません。
インプラントも条件が必要ですし、天然の歯を守れなかった方が異物であるインプラントをずっと守っていくには、相応の決心と生活習慣の改善が必須です。
b.細菌が体にとって悪影響を及ぼさないわけがない
虫歯は虫歯菌という細菌による歯の感染症です。例えば歯周病は歯周病原菌による歯周組織(歯槽骨や歯茎)の感染症です。
虫歯菌が歯を食い破って内部に侵入します。歯髄が虫歯菌に感染したら歯髄炎です。さらに放置して歯髄が壊死すると歯髄が封入されていた根の内部まで虫歯菌が隅々まで侵入します。歯髄は歯根の先から歯に入ってきます。つまり体の内部と根の先でつながっているのです。根の先まで細菌が侵入すると根尖性歯周組織炎という炎症が起きます。根の先まで到達した虫歯菌は血液に乗って体の中を巡ることになります。
健常な人はすぐに影響が出る可能性は少ないと思いますが、抵抗力、免疫力が低下した場合には体にとって悪影響を及ぼしている可能性は高いでしょう。医療が普及した日本では考えにくいですが、虫歯菌に限らず抵抗力、免疫力が著しく落ちた場合に細菌感染を起こしていると敗血症など命にかかわる場合もあります。
歯の痛みがなくなったのは、虫歯が治ったことなのか?
虫歯が放置される多くの原因として、「痛みがなくなった」事が挙げられます。
これは虫歯になったほとんどの人が経験することです。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。これを知るには、歯の構造を知っておくとわかりやすいです。
歯の表層はエナメル質と言って体の中で最も硬い組織です。虫歯になっても痛みは感じません。その下は象牙質です。硬いのですがエナメル質ほどではありません。内部には歯髄があり、歯髄から無数の管が象牙質に延びています。
この管を通して歯髄に刺激が加わるようになっています。つまり象牙質まで進行した虫歯は管を通して歯髄に刺激を加え、私たちは痛みとして感じます。
次に痛みがなくなる仕組みです。歯髄は噛む力の刺激、虫歯の刺激など様々な刺激に反応します。反応した歯髄は自分を守るために自分で象牙質を作ります。つまり歯髄は殻を作るように自分が小さくなりながら虫歯菌から身を守る仕組みを備えているのです。
特に、大人になると次第に歯は硬くなるため虫歯の進行は非常にゆっくりになります。さらに、歯髄が自分で殻を作って守っているため痛みを感じないまま進行するということも多々あります。
噛み締めなどでも知覚過敏で虫歯のような痛みは出ますので、痛みイコール虫歯ではありませんが、定期検診(メインテナンス)でご自身の歯のコンデション、癖などを知っておくといいでしょう。
まとめ
たかが虫歯、されど虫歯です。虫歯を放置することは健康上も経済的にもメリットは一切ありません。虫歯を放置したことでどれだけ多くの人が痛みと不自由と日常生活の質の低下とで困っていることでしょう。
健康は失って初めて気がつくといいますが、この記事を読んでいただい方には少しでも早くスタートを切っていただき、将来の健康と豊かな日常生活を手に入れていただきたいと思います。